物語の一覧
読み切り 27 本 見栄
タワマン低層階の母は、毎朝九階で降りる
毎朝、九階で降りて階段で四階へ戻る。五年間ずっとそうしてきた。誰にも見られていないと思っていた。
見栄
フォロワーは増えたのに、缶クッキーは九つ残った
あと860人。1,980円。ランチ二回分より安い。結菜は画面を閉じて、また開いた。数字はそのあと、どこまで増えただろう。
見栄
整形の金額で迷うのに、備考欄は読んだことがない
目元だけ、誰にも気づかれない程度に。三社まわって、見積書は三枚になった。決まらないのは、金額のせいだと思っている。
見栄
「へえ、すごい」と返しながら、同僚ランチの自慢を数える
美穂は何も言わない。盛らないし、下げない。ただ「へえ、すごい」と言って、膝の上で線を一本足す。数える側に、欄は要らないと思っていた。
見栄
「その時計の人なら、まだ下がりますよね」と言われた営業
高級時計をローンで買った営業の主任。袖を三センチ詰めて、鏡の前で二十回練習した。客は「いい時計ね」と言った。
見栄
同窓会で年収を盛ったら、会費はいくらになりますか?
460と言うつもりだった。本当だ。口が先に動いて、八百になった。誰にも迷惑はかけていない。そのはずだった。
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結婚相談所の退会理由に、四人続けて「条件」と打った月末
四人続けて「条件が合わない」を選んだ。いちばん上にあって、押しやすかったから。更新されない条件欄を、理恵は初めて開く。
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親友の皿のしいたけを、彼氏はなぜ取るのだろう
親友の好物なら十四年知っている。そのはずの真央が、鍋の席で彼氏の箸を数えている。ひなたの返信は、前より少し遅い。
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家事代行の火曜、よその夫婦の付箋を数える
火曜のお宅の冷蔵庫に、付箋が三枚貼ってある。うちは違う。毎日話している。久美子はそう思っている。
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彼の分を、私は八か月ぶん食費と書いてきた
貸しと書いたら、疑っているみたいになる。そう思って、紗良は彼の分を食費の欄に入れ続けた。数字は一円も間違えていない。
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既婚の課長との食事代を、毎回半額で振り込んでいる
奢られない。家には入らない。九つの決めごとは、全部守っている。振込メモも、校正みたいにそろえた。
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夫の鞄の底にあった、使われていない黒いスマホ
42歳のパート店員は、夫を問い詰めない。金曜の十五分だけ、確認する。写真は増えていく。数えるのは得意だ。
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彼氏の既読は遅いと数えて、親友の返事は寝かせた
彼氏の既読が遅い。ゆいはそれを毎晩数えている。日曜の夕食で、彼は言った。ちゃんと読んでから返したい、と。その言葉を、ゆいも知っている。
仕事
「参画も主導も同じ会議だろ」と経歴書を直した夜
一語くらい誰にも迷惑をかけない。そう思って直した。その一語は入社した日から、少しずつ請求されていく。
仕事
月曜の電車を一本見送るのは、辞めたいうちに入りますか?
月曜の朝は、電車を一本見送る。次のに乗れば間に合う。だから、まだ辞めたことにはならない。わたしはそう思っている。
仕事
紹介した友人の提案書と、三本目の赤ペン
友達を同じ会社に入れた。毎晩の赤は、親切のつもりだった。評価シートの一行を読んだ日から、手帳の数字が重くなる。
仕事
木曜の議事録で、係長は言葉をひとつだけ直した
尾上は議事録係。直すのは一回に三語まで。その決まりを守っているうちは、自分は公平だと思っていた。
仕事
誰のせいにもしないのに、了解スタンプは押していた
誰のせいにもしない人でいるつもりだった。担当じゃないし、連絡には全部返事をしている。月曜から水曜まで、島の端の席で。
仕事
同期の昇進祝いに名入れの万年筆は、早すぎますか
先に祝ったほうが、器が大きい。森下はそう思っている。久保田は祝いの日をのばして、目を合わせない。
仕事
退職届は三通あるのに、院長はいつも「助かるよ」と言う
三通目の退職届は、もう直すところがない。院長の机までは十歩。それが歩けないまま、月が替わる。
仕事
怒鳴ったことは一度もない。ただ毎晩、三つ書かせている
怒鳴らない。手も出さない。夜に三つ書かせるだけ。課長はそれを育成だと呼んでいる。
仕事
送別会のチェックリストで、十九行目だけ埋まらない
送別会の段取りは、誰にも文句を言われない。チェックリストの十九行目だけ、ずっと右が空いている。
仕事
私は有給の理由欄で、元気な祖父を亡くした
理由は言いたくない。空欄だと課長が席に来る。だから祖父を三回忌にした。年忌表も作った。お返しも配った。ちゃんとしている方だと思っていた。